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「第3回ため池シンポジウムinなら」 基調講演


「奈良盆地の地理的特性とため池」と題して、奈良盆地は、地形的なものと、条理制採用のために、川が氾濫しやすいく、一方では、地質的に保水性がないことで、たくさんのため池を造り、苦労しながら農耕をして来たが、300年もの夢であった吉野川分水が、1987年に完成し、奈良盆地の慢性的な水不足は解消された。
ただ、皮肉なことに、時代の変化で農業が衰退し、ため池への人々の関心も低下して、埋め立てられる所が増えている。
これからは、灌漑用水以外の、ため池の新たな価値を見つけ出し、知ってもらうことが大切と語る、
藤田義久先生(愛知大学文学部地理学教授)でした。

フロアからも、質問があり、好評の内に藤田先生のお話しが終わりました。



二つ目の基調講演は、「入江泰吉の見た大和の農村と「ため池」」と題して、奈良大和路の風物をライフワークとして撮り続けた
写真家:入江泰吉の一般公開されてなかったモノクロの作品も交えて、作品が撮られた時代や、入江泰吉の心の内について、
説田晃大さん(入江泰吉記念奈良市写真美術館学芸員)が語られました。
入江泰吉の残した次の言葉が印象に残りました。
「奈良を歩いて心にひびくのは、祖先との心のふれあいが得られるよろこびであります。
文明は大自然を破壊しますが、これはやむを得ないことであっても、大切な心の故郷、墳墓の地はなんとしても大事にまもらないと思います。
しかし、こういう世の中ですから、大和全体を残すことは無理なことで、今日そこに生活している多くの人の生活権を無視することはできませんが、できないからといって今の状態で滅びてゆくことは黙認せず、広い層から知恵をあつめて、残すべきところは残してほしいものです。
そして後世に伝えて行くことが私たちの責務でもありましょう。 今日は物質による恩恵のために、感性を失い感情を整理しないで、見るもの聞くものすべてに、単なるあこがれの眼で古代に目をむけ、そこに没入して行く危険も多分にあります。
理性と感性の二面から、この目で、この心でふれあうという状態で歴史、文化遺産をはじめ、すべてのものをみつめてほしいのです。」
〔やまねの眼〕
「古から大切に守り継がれて来た「ため池」が、本来の役割が低下したからと安易に埋め立てるのではなく、灌漑用以外の価値を見出して多くの人に知らせることが大切」との藤田先生の言葉と、
「できないからといって今の状態で滅びてゆくことは黙認せず、広い層から知恵をあつめて、残すべきところは残してほしいものです。そして後世に伝えて行くことが私たちの責務でもありましょう。」との入江泰吉さんが残した言葉は、そのまま「ため池」についても当てはまり、印象に残りました。
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